エチオピア北部に広がるシミエン国立公園は、「天空の世界遺産」とも「アフリカの天井」とも呼ばれる。
青ナイル川の水源タナ湖の北東110キロメートル一帯に広がるシミエン山地を対象とする国立公園で、1978年にユネスコの世界遺産に登録された。

シミエン山地には、エチオピア最高峰のラス・ダシェン山(標高4620メートル)などの高山が連なっており、ワリアアイベックやゲラダヒヒなどの独特の動植物が生息してる。
また、この高山には、2000年も前から暮らす人々がおり、今も農耕や牧畜で生計をたてて暮らしている。

一度だけ、この高地に住む人々を訪ねる機会があった。2014年9月のこと。

あと一週間でエチオピアのお祭りマスカル祭が行われるという時期。この高山でも、祭りの名前になっているマスカルという黄色い花が満開だった。

シミエン国立公園入り口の町デバルクで公園入園の登録をしたのち、4WDで国立公園を目指す。
45分ほど走ると、標高3260メートルにあるホテル・シミエンロッジがある。そのホテルを横目に見ながら、さらにさらに上を目指す。9月半ばというにもかかわらず、この高度までくると、フリースを着ていても寒い。

途中、車をとめて写真を撮る。
足元には高山植物が咲き乱れ、峰々が連なりながら、どこまでもどこまでも続いていく様は、圧巻。ゲラダヒヒが、道を横ぎり、群れを成して移動する。

デバルクから約2時間半。アンバラス村に到着。標高3600m。

正直、私はここで高山病の症状が出ていた。この日、標高2000mのゴンダールから一気に標高3600mまで車両移動し、前夜の睡眠不足もたたっているのだろうか。車から降りて数歩歩いただけでも、息切れがひどい。頭はくらくら、軽い吐き気もするではないか。顔色が青くなっているのが、自分でもわかる。泣きたくなる。迎えに出てくれていた村の人々に、頑張って笑顔を振りまく。笑顔になっているはずがないではないか。

家のわきで、娘の髪をこしらえている母親がいる。娘は母親のひざ元にうずくまって、母親のなすがままになっている。横では、男性たちが壁にもたれて所在なさげに、その様子を見守っている。というか、たぶん私を見ている。

一人の男性が村を案内してくれるというので、ありがたくお願いすることにした。
本当は、私は息も絶え絶えで、すぐにでも座り込んで休みたかったのだが、ここまで来たのだ。見られるものは、すべて見ておきたい。

村にはいると、家の前庭で機織りをしている男性がいる。ここでは機織りは、男性の仕事のようだ。
写真を撮らせてもらっていると、彼が家の奥からお盆をもって出てきた。
お盆には、茹でた小さなジャガイモがもられている。
茹でたジャガイモを食べながら、コーヒーを飲むのが彼らの社交だそうだ。

お盆をもった様子を写真に撮らせてほしいといったら、途端に緊張から、無表情になった。
彼らは男性も女性も、肌が太陽に焼けて、紫外線が強いせいでしわが深い。
外部の人とあまり接触がないせいか、大変照れ屋でシャイだ。

アンバラス村を後にして、さらに高地を目指す。
山の天気は変わりやすい。アンバラス村では太陽が照り、青空が広がっていたのに、突然雲がかかりだし、周りがかすんでくる。

次に到着したのは、アルゴン村。アルゴン村は晴天だ。
車を降りて、さらに45分トレッキングをするのだが、もちろん私は歩くどころではない。村の人の好意でラバを用意してもらい、その背に揺られてアルゴン村にはいる。

ここアルゴン村では、一軒の家に招待された。

家の中はかまどの煙と人いきれで、もわっとした生暖かい空気だ。しかも、明かりは木のドアを通しての外の光とかまどの火だけで、目が慣れるまでは何も見えない。

家の奥様は現在35歳。9歳でここに嫁ぎ、14歳で最初の子供を産んだそうだ。今ではその息子は21歳で、町に働きに出ていると話してくれた。
その場で豆を煎り、砕いて入れてくれたコーヒーと、手早く焼いたエチオピアの主食インジェラをふるまってくれた。インジェラを上手に焼くのは、ここでは花嫁の必須条件だ。

にこにこと快活で、私に向かってたくさん話してくれるのだが、もちろん全く理解できない。通訳を介して話をする。もどかしい。
名前を聞き忘れたことに、あとになって気づいた。

家の外にでると小さな女の子が、遠目に私を見ていた。話しかけても何の反応もない。笑いかけても笑わないが、かといって恥ずかしがって逃げるわけでもなく、その大きなまん丸い目で、ただ私を見ている。美人だ。

大体5歳くらいだろうか。この子も、もう数年でお嫁に行くのかなと思う。このあたりの風習は、年の離れた男性と結婚するわけではなく、数歳上の男の子と結婚するので、その結婚に悲劇性はないのだが、やはりお嫁に行くには、あまりにも子供過ぎてかわいそうに思えてしまう。

このコロナの中、あの村の人たちは元気で過ごしているだろうか。
あの女の子は、結婚したのだろうか。

***シミエン国立公園は、高地に住む人々の長年の農地拡大や内戦による森林伐採が行われ、1996年に「世界危機遺産」として登録されている。そこで、村の新たな収入源として観光業を根付かせる試みがなされている。(2017年、危機遺産リストから除去された)

(Y.I.)

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